岡山理科大学 理学部 化学科
錯体化学研究室(満身研究室)
研究テーマ:フロンティア軌道制御と次元制御集積化による多重機能性金属錯体の開発と
光機能性材料への展開
金属錯体は,中心金属イオンのd電子(軌道)による無機物としての特徴と配位子のπ電子(軌道)による有機物としての特徴を兼ね備えた無機−有機ハイブリッド物質群であり,これらの特徴を利用したバラエティに富んだ機能・物性を発現する物質開発が行える格好の舞台と言えます.
当研究室では,金属錯体の特徴を生かした「特異な電子系に基づくユニークな機能・物性を示す金属錯体高分子の創製」を研究目標に掲げ,有機化学,錯体化学,有機金属化学の合成的立場から,配位結合,金属ー金属結合,水素結合による「金属錯体の次元制御集積化」と化学修飾による機能・物性発現に適した「エネルギーレベル制御」を行い,電気伝導性,磁性,誘電性などの「(多重)機能性を発現する機能性金属錯体高分子の創製」や「光エネルギーを電気や化学エネルギーに変換する光機能性材料の開発」に取り組んでいます.
主な研究テーマ
1.アクセプター集積多孔性金属錯体に基づく光電荷分離システムの開発
金属-有機構造体 (MOF) や多孔性配位高分子 (PCP) と呼ばれる多孔性金属錯体は,光捕集を担う色素が高秩序で配列することによって高効率の光捕集と励起エネルギー移動が期待できます.集めた光エネルギーを効率よく電気や化学エネルギーに変換するには,光電荷分離状態の生成が重要であり,光電荷分離によって電子を受け取った状態は強力な還元剤として,電子を与えた方は強力な酸化剤として機能できます.本研究では,化学修飾を行った多孔性ポルフィリン錯体を新規に開発し,光励起状態にあるポルフィリン錯体から電子を受け取ることができるC60などのアクセプター分子を細孔内に集積したアクセプター集積多孔性金属ポルフィリン錯体の開発を行っています.
2.μ3-オキソ混合原子価三核錯体に基づく強誘電性金属錯体の開発
強誘電体は,外部電場を印加しなくても電気双極子が整列して自発分極しており,この自発分極の方向が電場によって反転できる物質であります.強誘電体の代表例として,チタン酸バリウムなどの金属酸化物や,ポリフッ化ビニリデンなどの有機ポリマーが知られています.これらの分極の起源は,前者ではイオンの変位であり,後者では極性をもった分子ユニットの分子軸周りの回転によって起きる電気双極子の秩序化であります.新たな分極の機構で強誘電性を発現する画期的な物質を開発することは,強誘電体の性能を飛躍的に高める上で非常に重要であります.
金属が鉄やマンガンなどのμ3-オキソ混合原子価三核金属(II,III,III)錯体は,分子内電子移動のエネルギー障壁に依存して,興味深い原子価局在-非局在転移を示します.原子価局在状態では,原子価の偏りによって電気双極子が生じます.この電気双極子を結晶内で整列させることができれば,原子価が非局在し易い特徴を反映して,電場による分極反転が可能であると期待されます.このテーマでは,μ3-オキソ混合原子価三核金属(II,III,III)錯体を架橋配位子で繋げた配位高分子を合成し,混合原子価の原子価秩序を分極の起源とする強誘電体の開発を行っています.
3.水素結合型セミキノン錯体に基づく強誘電性金属錯体の開発
分子間水素結合を持つπ 電子系の水素結合のポテンシャルの形状を制御できれば,プロトントンネリングや,隣接分子へのプロトン移動とπ 電子系の互変異性がカップルしたプロトンリレーまでのプロトンの波動性から粒子に及ぶダイナミクスや,強誘電性を示すことが期待されます.このテーマでは,プロトンダイナミクスによる強誘電性やプロトン伝導に加えて,プロトン–電子連動や磁性発現を目指して,p-ベンゾセミキノン(HSQ) が配位した水素結合型 p-ベンゾセミキノン錯体を合成し,その結晶構造と固体物性を調べています.
新規に合成した[Cp*Rh(HSQ-Me4)]PF6では,プロトンの秩序-無秩序相転移による構造相転移と誘電異常を起こすことを見出し,その詳細をX線,中性子線結晶構造解析,比熱測定,固体高分解能 13C NMRスペクトル測定によって調べ,プロトンダイナミクスと誘電応答の関係を明らかにしています.
4.フロンティア軌道制御による金属-ジオキソレン錯体の多重機能性発現
ジオキソレンは二段階の一電子移動によって,ベンゾキノン (BQ),セミキノネート(SQ•–),カテコレート(Cat2–)の状態をとる酸化還元活性な配位子であり,このうちのセミキノネートは,S = 1/2のスピンをもつ有機ラジカルです.さらに,金属イオンと配位子のフロンティア軌道のエネルギーレベルが接近している金属-ジオキソレン錯体では,金属-配位子間の電荷移動によってM+–SQ•–,M2+–Cat2–のように原子価互変異性をとることも可能です.このような特徴をもつ金属-ジオキソレン錯体の金属イオンや配位子のスピンを利用した磁性と,原子価互変異性よる混合原子価状態に起因する電気伝導性を示す多重機能性金属錯体の開発を行っています.
これまで,セミキノネートラジカルを一次元ロジウム(I) 錯体の配位子として用いた多重機能性金属錯体の開発に関する研究を行っています.[RhI,II(3,6-DBDiox-4,5-Cl2)(CO)2]∞では,化学修飾によって配位子のπ 軌道のエネルギーレベルを金属のd 軌道のレベルに合わせることで金属−配位子間電荷移動を誘起し,ロジウム(I,II)–セミキノナト/カテコラト混合原子価状態を実現し,高伝導性を発現させることに初めて成功しました.一方,[RhI(3,6-DBSQ-4,5-(MeO)2)(CO)2]∞では,一次元鎖内でのラジカル配位子由来の磁気的相互作用が反強磁性(室温相)から非常に強い強磁性(低温相)へ変化するという特異な磁気的双安定性と伝導性の双安定性を示す強磁性半導体であることを見出しました.
5.部分酸化型一次元複核白金錯体に基づく一次元d電子系金属の開発
電子の運動を一次元の鎖上に限定する一次元金属に関する研究は,固体化学や基礎物理学において重要であるばかりでなく,分子エレクトロニクスの発展の点からも非常に注目されています.従来の一次元性伝導体では克服できなかった一次元物質に宿命的なパイエルス不安定性(不対電子のペアリングと格子の二量化)を構成ユニットに複核白金錯体を用いることで克服し,金属原子が一次元鎖状に繋がった一次元d電子系錯体として最も安定な金属状態を示す[Pt2(MeCS2)4]4ClO4•5PhCN (1)と[Pt2(MeCS2)4]2ClO4 (2) の開発に成功しました.この錯体1 の成果はScience誌のEditors’ Choiceとして紹介されています(Science, 2008, 322, 348).さらに,光電子分光実験から,錯体2が二次元や三次元金属とは電子状態が異なることが理論的に予測されている一次元金属(朝永—ラッティンジャー液体)を示唆する結果を得ております.